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「脊索腫」と闘う4

 このところ簡単に言えば、「振り出し」に戻った感じだ。場所自体は限定されてきたが、痛み・疼痛は前と同じにきつく、「夜間痛」も続いている。1時間おきに痛みで目がさめる。前は「仙骨」周辺だったが、今は「肛門」の内部。あるいは「直腸」周辺。かなり継続的に疼痛が続いており、場合によれば新しい病気(直腸がんのような)の可能性も有り得る。脊索腫という悪性腫瘍に加えて「がん」も発症となれば、まさに踏んだりけったりだが、このところ排泄作用がうまくいかず、座薬などを使っていたので、その可能性もありうる。
 大体、「脊索腫」という病気自体がまだ、治療法の確立していない病気。「手術」しかないが、それも患者側から見れば失敗例のような手術しかない。もとから「抗がん剤」は効かないといわれていた。ガンマーカーにも反応しないらしい。その意味では「がん」ではない。それはいいのだが、そうすれば「手術」を止めて「代替補完療法」に決めた場合、何をのめば有効なのかが判然としない。いま漢方薬と抗酸化食品の組み合わせでやっているが、それも「がん」向けの抗酸化食品で、「脊索腫」にとってどうなのかは、自分の身体で試してみる以外にいまのところ方法はない。
 抗酸化食品を扱う病院も少し出来ているが、いずれも「自由診療」で、健保の5-10倍の費用がかかる。抗酸化食品自体も、「がん」ということで高額なものが堂々とまかり通っている。色々調べて見ると大手化学会社が出しているのでも7-8000円(月)、無名の健康食品が出しているのでは1万円以上のものもざらだ。そんななかで、私は安価サプリメントをコンビ二などで売って業績を伸ばしてきたDHCの抗酸化食品を愛用している。1ヶ月1500-2000円という安さだが、効き目は多分大手メ-カーのものと同じだろう。DHCは味の素が3-4000円で売っているサプリメントを軽包装にして300-700円でコンビ二で売ってきたメーカーで、「価格破壊」の哲学が背後にある感じがする。
 それでDHCの抗酸化食品を何種類か試してみて、私の脊索腫に一番効きそうなものを探してみる積りで続けている。まったくの手探りだが、まだ治療法の確立していない分野だけに、もしいい方法が見つかれば後に来る同病の人たちに参考になるだろう。切らずに漢方と抗酸化食品で10年、あるいは20年生存した例として。

M君の死

 旧友のM君がガンで死んだ。M君は不動産の世界で活躍した人で、恐ろしく顔が広かった。私も不動産関係では非常に多くの人たちを紹介してくれた。ここ3年ほど彼がガンであることは知っていた。茅場町近くの事務所で2-3回会った時、ガンの治療の話をしてくれた。そして同時にAST気功にかかっていることも教えてくれた。
 そのM君が実は1ヶ月前に亡くなっていた。M君と電話で話したのは6月ごろ、そのとき事務所が移転したということで、新事務所の住所と電話番号を聞いた。その後、新しい事務所を訪ねようとして果たせなかったが、7月20日頃に三越前のその事務所を尋ねた。ところが不在だったので、名刺と簡単な挨拶を書いてポストに入れておいた。その名刺を見たM君の事務所の社長が1昨日電話をくれて、M君が7月6日に亡くなったことを知らせてくれた。M君が亡くなったあと、事務所はそのままになっており、1昨日はじめて社長が事務所の整理に来て私の名刺を見つけたという。
 社長は大手金融関係に信頼の厚い不動産鑑定士で、M君はそこで不動産の売買に携わっていた。もとは財閥系の子会社で常務までいったが、何か訴訟事件に巻き込まれ、裁判が続いていた。そのM君を不動産鑑定士の社長が面倒見てやってきたのが、この10数年だった。M君はその意味で不動産関係の様々な分野に顔が広く、また有能だった。私もいろいろな人を紹介され、ゼネコンの不動産物件懇話会のようなものにも参加するようになった。
 M君が、自分でガンだということを私に告げたのは2年ほど前。前の事務所でだった。それ以来気になっていたので、時々は電話した。すでに不動産関係から離れて仕事をしていた私との仕事の接点はあまりなかったが、それでも知り合いの社長が手持ちの物件を売りたがっていたので、彼に2-3回相談したことがある。
 以前は事務所近くの立ち飲みのようなところで、小一時間を過ごした。私とだと心が許せるのか私的な悩みや趣味の話、それから彼が好きだった柳田国男や平田篤胤の話などもした。神霊協会に入っていた時期もあったらしく、その手の話もした。仙道をやっている、私のことも知っていて、ある共通の底辺があったと思う。
 子供は二人で、次男の方は知的障害で、その上に大きな交通事故にもあった。それを気にして心にかけていた。その次男の結婚式が決まったが、すでに意識は明瞭でなく式の当日はすでに出られない状況だった。式の後みんなで病室を訪れ記念撮影するのがやっとだったという。その翌日、次男が病室にやってきて、M君の身体をなぜていた時に彼は息を引き取った。次男が無事家庭をもち、社会に船出するのを見届けて彼は逝ったのだと思う。
 私は今日鎌倉駅から近いM君の家を訪れ、霊前におまいりした。一度いっしょに後楽園に行ったことのある奥さんとお話をして、M君の最後の様子などを聞いた。私はM君の霊前で「いろいろ有難う。どうか家族を見守ってあげてください」とお願いした。彼の遺影は心無しかうなずいていたように思う。心からご冥福をお祈りする。

謎の「脊索腫」と闘う3

 自分で判断してやっていると、その方法が果たして最適の方法だろうかという思いが常にある。医者という「専門家」が行うこと、判断することには、専門家としての知見や経験があるから、耳を傾け、それに従うのは普通の流れだ。しかし、この「脊索腫」というわけの判らない悪性腫瘍や一部のガンにおいて果たして、専門家の医者が絶対に間違っていないという保障はない。医者はこんな場合、「まず切りましょう」というだろう。その判断はその時点ではあるいは正しいかも知れない。しかし、やがて「再発」する。そのことの繰り返しを10年近くも続けて、結局死んだ場合に、その判断が果たして正しかったといえるのだろうか?医者は専門家として、その点には決して言及しない。何時までたっても無言のままであり、エクスキューズはない。
 このごろ「脊索腫」も、ガンと同様だ、ガンそのものだと思うようになっている。治癒に向うにしても決して一筋縄ではいかない。そのことが最近わかってきた。しかし恐らく5年前から発病していた、この「脊索腫」が3ヶ月や半年で完全に消え去るとは思えない。やはり1年ぐらいの継続は必要だと思っている。
最初、これに本格的に取り組んだのは3ヶ月前。それまでいろいろな情報を集めて、これは手術をしてもその後が大変だということが判ってきた。医者(放射線の)自身が、脊索腫の手術は大変な荒業。自分が罹ったとしても決して手術はしたくないと言っているほど。そこで私はとにかく「手術」は止めることに決めた。そうすると、目の前にあるのは、まず漢方薬や抗酸化食品で現在の脊索腫の働きを止めることだった。この病気はいわば「無音」の状態で下半身の至るところの細胞に入り込んでいた。その働きを止めることが第一だった。これまでの三ヶ月で、とにかく「働き」は止めることが出来たと思う。それ以上には広がっていくことは今のところないと思っている。
 次の段階は、この脊索腫がこれまで入り込んでいた細胞の中へ、薬剤を運んで脊索腫を小さくし、あわよくば「滅消」することだ。現在は、漢方薬、抗酸化食品を使うしかないが、脊索腫の側も必死で抵抗を試みているのか、下半身の各所で深い鈍痛が続いている。この間までは仙骨そのものがかなり痛んだ。夜間はことに痛んだ。現在は、仙骨の痛みは少し薄れたが、肛門・直腸の内側や陰のうが痛んでいる。
 これまで、「チャーガ」「霊芝」を試してきたが、「チャーガ」はいわば剛速球のようなもので、痛みも強い。それで、先週からまた新しく抗酸化食品の「冬虫夏草」を試している。「脊索腫」という腫瘍には、これの方が合っているのではないかと思っている。これまで「チャーガ」をのんでいたが、少しキツイ感じがしていたが、今回のは骨に直接働きかけている気がする。少し漢方薬とこれのペアで試して様子を見ることにしている。もうひとつ「トランスファーファクター」という自己免疫力を高めるアメリカのサプリメントを発注した。日本ではまだあまりないが「トランスファーファクター」は「アガリスク」の4倍以上の自然治癒能力を発揮するという。
 ガンというのは、種類によって、ヒトによってその発症も状況も様々に違っていると思う。従って、私の「脊索腫」に一番合っているのは何なのか、いわば人体実験をして試していくことが必要だ。

謎の「脊索腫」と闘う2

 この3ヶ月の結果は、確かに急速な回復とはいえないものの、おそらく4-5年も放置した悪性腫瘍の治癒状況という意味ではかなりの程度ではないかと思っている。漢方薬と抗酸化食品の組み合わせだけで、当初過剰に反応して痛みを発した「脊索腫」も、心なしかおとなしくなった気がする。
 当初最も反応したのはやはり仙骨周辺部で執拗な「痛み」が夜も昼も続いた。夜などは1時間おきに目が覚めて痛みをこらえるような状況だった。それは約2ヶ月でうそのように消え、その後直腸・肛門の組織一帯が痛みを発してきた。しかしそれも先週いっぱいでおわったかに見える。
 その後始まっているのは、肛門最下部と臀部柔組織のおそらく石灰化による硬直と緊縮が続いている。はっきり言って今後の成り行きについて確信の持てる回答はない。医者の指示を受けているわけでもない。ただ、もし2年前に医者の指示通り大学病院の教授の診察を受け、当然のことのように手術する方向に向っていたとしたら、今頃はどうなっていただろうか?おそらく人工肛門や車椅子は避けられない。その上に次の再発が始まっていると思う。
 なぜそう想像するかというと、現在、漢方薬と抗酸化食品との組み合わせの服用のなかで、「痛み」として反応してくるのが、脊索腫のありかだとすれば、そして、それを取り去るのが医者の「手術治療」だとすれば、私は確実に下半身全てを失っていたと思うからだ。

謎の「脊索腫」と闘う

 謎の腫瘍「脊索腫」と闘って3ヶ月が過ぎた。ほぼ5年前に発生したと思う。その後2年半前に医者に「仙骨腫瘍」を告げられ、大学病院での診察・手術を打診された。しかし、本人にはそれほど重要な悪性腫瘍との自覚はなかった。しかし、今年に入り、少々日常に不便が出てきたので、別の大学病院を受診した。それは切らないで治せるという「重粒子線治療」を受けたく、その為には病院からの紹介状が必須だったからだ。それまでの間に出来るだけこの病気の実態、手術の実情を調べてみる必要があった。
 そこで調べてみると、手術の大変さ、確かに手術は目前の治療方法として最適かも知れない。しかし重要なのは、その手術の結果がどうなるかだ。「脊索腫」の高名さだけにチャレンジする医者のなんとおおいことか。整形外科に行けばほとんど「手術」を告げられる。それは患者のためというより、医者自身の経験や知見を広げるためだ。手術をしてどれだけの患者が成功したか?つまり人工肛門も、片足切断も、車椅子、寝たきりもなく、生還した患者は果たして何人いるだろうか?ほとんどはどれかになる。それは「脊索腫」を甘く見ているからで、「脊索腫」は病気に気づいたときは、何の音も立てずに腰や足やシリのあらゆる細胞にもぐりこんでいる。再発するのは時間の問題で中には10年間に9回手術をやり、両足をなくしてダルマ状態で亡くなった60歳のサラリーマンもいる。
私の場合、いろいろの情報を総合して「脊索腫」手術はやらないことを決めた。しかし目当ての「重粒子線治療」は2-300万円が必要だし、私の場合はこの4-5年の間に「脊索腫」が下半身のあちこちに浸透して広く深く広がっており、「重粒子線治療」は無理だということがわかった。
 そこで、漢方薬と抗酸化食品に絞って治療することにしたのが今年5月。この3ヶ月の間に、漢方薬「十全大補湯」とロシアの古白樺に生えるキノコの成分「チャーガ」を中心に試してきた。最初の頃は、ナマのあしたばジュースを飲んでいたが、これを「チャーガ」に変えた。この3ヶ月間に起こったことは、まず第一は、それまで無音の状態で下半身のあちこちに浸透していた「脊索腫」が、あちこちで痛みを発し始めたことだ。
 最初は長く仙骨の奥のほうで執拗な痛みが続いた。ことに夜間はひどく度々起きるこもあった。しかしそれは7月第1週が終わる頃には消え、続いて肛門・直腸周囲の痛みが出てきた。しかしこれも7月3週が終わる頃には自然に消え、いまは一部に強いツッパリ感が残っている。「十全大補湯」「チャーガ」の二つを中心にした治療は、私が独断で決めたもので、医者や専門家の助けを借りたものではない。それだけに常にこれでいいのだろうか?という気持ちはあるが、前人未到の道を歩む積りでこれからも「脊索腫」との闘いを続けていく積りだ。4-5年の間無音のままに放置して身体に沁みこんできた「脊索腫」だから、せめて半年間はこの治療を続けて、また新たな闘いを続けるしかない。気功に関してはかなり進んでいるのだから、その力を自分の身体に及ぼし克服する道も決して忘れてはならない。あるいは天はそれを私に試しているのかもしれない。最近そう考えるようになってきた。

テーマ : ガンバレ!!私ヽ(*´∀`*)ノ - ジャンル : ブログ

抗酸化食品を飲む

抗酸化食品と呼ばれる一群の健康食品。おもにキノコ系に含まれるβ・グルカンと呼ばれる成分が癌征圧に効果を発揮すると呼ばれている。現在はアガリスクが有名だが、かっては霊芝ブームというのがあった。そして最近ではロシアの白樺に自生するチャーガというキノコが注目されている。アガリスクよりも10倍近いβ・グルカンを含むといわれている。
 現在チャーガを主剤にした抗酸化食品がいくつも売り出されているが、癌関係の抗酸化食品はいずれも高く1ヶ月1万円はする。その中で2000円未満のチャーガが売り出されていたので、早速購入して試してみた。これを飲むと、以前あしたばジュースを飲んでいたときのように、仙骨周辺や腰の後ろ
の深部に疼痛が現れる。いかにも腫瘍がうずいている感じだ。その意味で脊索腫が腫瘍であるといおうのがよく判るほどだ。
 しかしあしたばジュースの時のように嫌悪感はあまりない。漢方薬「十全大補湯」は相変わらず、毎日3回飲んでいるが、これとは違ったところに疼痛が現れるのは、多分成分や効き目の方向が違うからだ。チャーガを飲むと確かに疼痛が続き、夜間も眠りづらい。しかし、これは脊索腫との戦いであり、当分の間は漢方薬「十全大補湯」と抗酸化食品チャーガの服用で乗り切っていきたいと考えている。痛みは続くが、手術をして何度も再発する苦労や痛みを思えば耐え難いものではない。

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闘病記

 西川公子という人の「母娘で綴った介護の詩」という本を読んだ。これは絵手紙作家の西川公子さんが夫の発病から介護、死までを見取った記録だが、「脊索腫」に関してこれまで書かれた唯一の書物ではないかと思う。
サラリーマンだった夫が50前後で発病したが、その病名は「脊索腫」。最初は横浜戸塚区の地元病院で肛門の近くの排膿手術を受け、2年後保土ヶ谷区の少し大きな総合病院で、脊索腫と診断され、腫瘍部分の切除で尾てい骨、仙骨を取り、人工肛門となった。
 その3年後、再発し東京T大学病院(私もカルテを置いてある東京医科歯科大学病院か?)で腫瘍部分、坐骨神経を切断。翌年再発し、腫瘍切除。さらに翌年昭和63年には左足を股関節から切除、その後自宅療養を続けたが、痛みが激しくなり、平成元年には右脚を切除した。
 10年間に9回も手術を受け、平成3年に60歳で亡くなった。この手記は、奥様の介護を主材においており、ご主人の顔はあまり見えてこないし声も聞こえてこない。しかしただ切るだけの医学に翻弄されて両足を失い、それでも不平も言わず黙々と医者に全てを任せつつ、最後になくなったご主人の本当の無念さを思い、何回か涙を禁じえなかった。

「脊索腫」にかかった16

 昨日、自分も「脊索腫」にかかった女性の方と電話で話をした。彼女は20年前に医者から「脊索腫」といわれ、「手術しないと死ぬ」と宣言された。ただし手術をしても、主要な神経を切るので寝たきりになるとも言われた。彼女は、自分の現状はたとえ痛みはあっても、寝たきりになるような重症とは思えなかったので、結局その医者のアドバイスは看過した。そうすると、勤め先にまで電話がかかってきて「早期手術」を勧められたという。稀少な症例なので「手術」をしたがるのは私の場合と同じだった。
 私の場合、最初町の医者が発見し、出身大学の教授に電話してくれたのだが、その電話の様子がまるで希少動物を保護したような浮かれようだった。そこに何か、違和感を感じたので、私は結局「翌日一番に来るように」と言われた、紹介状を書いてくれた大学病院には行かなかった。
 彼女はその後も、脊椎が痛むので3-4の大学病院を尋ね、中には「様子を見ましょう」という病院もあった、現在の症状がさらに悪化しなけらば、手術しないほうがいいという感触だったという。やはり、「脊索腫」のような症例の少ない腫瘍には「セカンド・オピニオン」は、欠かせない。その意味で、彼女の選択、そして私の選択は正しかったと思う。結局、医師の全てではないにしても、経験の少ない場合も多く,医師だからと言ってむやみに信じることはできない。自分で自分の信じる道を選ぶしかない。でないと寝たきり、車椅子、人工肛門、再三の再発が待っているのが、「脊索腫」の世界だといえるだろう。banboo

「脊索腫」にかかった15

  今日、縁があって千葉の放射線医学研究所(放医研)の関係者と話をした。医師ではないので病気治癒そのものについてではないが、放医研については詳しい。この方の話によると、「放医研」の重粒子線治療は、やはり例えば「仙骨」の部分のような、極めて限定された小さな部分である場合しか適用されないという。
 やはり私の方向は間違っていなかったのだ。「仙骨」から腰周辺の軟組織へと広がり、肛門周辺や陰部まで広がっている「脊索腫」ではやはり放医研の重粒子線治療は適用されないだろう。漢方薬なり民間療法ででも患部の広がりをなくし、停止し、縮小してからでないと、「放医研」の重粒子線治療は受けられない。
 私としては、「脊索腫」のようなややこしい難病は、別に根治根絶しなくてもいいと考えている。「脊索腫」の成長が停止し、縮小すればいい。そして働きをとどめればいい。あと私の人生が10年か、20年か、30年か。そのどれであってもいい。それに対応して現在のやり方、例えば十全大補湯とあしたばジュースでこの状態を維持し続けられればそれでいい。多くを望み、手術による完全を望めば、それは身体不自由な方向に向う。これが「脊索腫」の世界だ。

「脊索腫」にかかった14

  まず手術をしないことに決め、放射線治療も保留して、「漢方薬」十全大補湯を毎日服用して、約1ヶ月となる。その間原則朝晩「あしたばジュース」を飲むようになっている。最初の頃は、仙骨を始め体内の下半身にはびこっている「脊索腫」と薬剤などの戦いが続き、鈍痛があちこちに現れた。それらは1日か半日で消えては、また次の日は別の箇所が痛み始めるという具合だった。
 そしてこの1週間ほどは、右脚の股関節周辺が少し鈍痛を発し、それが終わると今度は肛門外壁(らしいところ)が鈍痛を発するようになった。「脊索腫」というのは、ゼリー状の物質となって、「仙骨」下部から発生し、まずその周辺の軟組織や骨組織に侵入していく。もともと「胎生」の時代に、一部はこの「脊索」から人の脊椎が形づくられるといわれている。脊椎となる原質が脊索の中に含まれているということに違いない。
 それが成人し老人となってから、仙骨の奥に眠っていた昔の「脊索」が目覚め、活躍をはじめ、この約4-5年の間に私の体内の細胞や骨の中に「音もなく」侵食していたのだ。脊椎となる原質をその中に持っているだけあって、細胞や骨の中にもぐりこんで、しばしば「石灰化」することがある。私の場合、初期の頃に右脚の股関節や肛門外壁に取り付いて一部は「石灰化」していたと思う。
 それで現在漢方薬やあしたばジュースを飲んだため、それらの部分が抵抗して鈍痛を発しているのだと考えられっる。しばらくは、こうした状態が続くと思う。しかし、手術をして人工肛門、車椅子となり、再三にわたり再発して、さらに痛みを広げることと比べると、これは「脊索腫」撃滅の戦いに為の鈍痛であり、はるかに耐えられるものだ。
 今後今のやり方でどうなっていくのか、おそらく半年ぐらいの経過を見ないとなんとも言えないだろうと思うが、私の選択は現状では間違っていなかったように思う。
 

がん・腫瘍と漢方薬

十全大補湯には転移抑制や再発予防の働きもある
「十全大補湯」が、幹細胞を活発にさせる働きがあり、自然治癒力を高めるという効果があることが科学的に証明されたという話題。
関西医科大学病理学研究室の研究によれば、がんを持つマウスに(個人的には動物実験って抵抗あるんですけどね)十全大補湯の成分を与えたところ、6週間目から幹細胞が活発になり、腫瘍が縮小してきたというものでした。
赤血球や白血球などを作る造血幹細胞の活性を促進するため、生体防御に関与する骨随の様々な機能を高め、自然治癒力をアップするというのです。
もう少し詳しく知りたいとネットで検索したところ、外科から病理学、分子生物学、東洋医学などの研究を経て、現在は主にがんの漢方治療に携わっている福田一典医師のHP「体にやさしい漢方がん治療」に詳しくそのメカニズムが書かれていましたので、そちらをご覧ください。
ポイントだけ抜き出すと、
・十全大補湯は造血幹細胞の活性を促進する。
・多能性造血幹細胞活性の増強は、生体防御に関与しているT細胞・B細胞・NK細胞・マクロファージ・顆粒球・血小板などの活性化にも間接的につながる。
・十全大補湯の活性成分に含まれているオレイン酸やリノレン酸などの不飽和脂肪酸が、造血支持細胞に働きかけて間接的に多能性幹細胞の増殖を刺激する。
・他の成分が脂肪酸の作用を強めている可能性や、低分子量成分や多糖類成分にも造血系を刺激する活性があることも報告されている。

さらに、抗がん剤と併用した場合、副作用を軽減する効果もあるとのこと。
・十全大補湯を投与すると抗ガン剤の血中濃度は上昇していたという報告があり、十全大補湯には抗ガン剤の濃度を高めながら副作用を軽減しするという理想的な効果があるとみられる。
・顆粒球減少症に対してはG-CSF(顆粒球コロニー形成刺激因子)が使用されますが、十全大補湯を併用することによりG-CSFの使用量が減ったという報告がある。
・十全大補湯それ自身に転移抑制や再発予防などの抗腫瘍効果が報告されている。

また、生薬を合わせたことによる相乗効果については、
「十全大補湯などの作用の一部は、茯苓・芍薬・桂皮・甘草などの単味生薬の煎液でも多少は認められるが、最適投与濃度においてもいずれも方剤をこえる効果は通常みられない。これは、方剤が複合的、相乗的に作用していることを示唆している」
としています。

手術や化学療法などの侵襲的治療に対する抵抗力や適応能力を高める効果のある漢方薬としては、十全大補湯以外にも、補中益気湯、人参養栄湯があり、「これらを服用しておくと、がんの侵襲的治療による体力や抵抗力の低下などの副作用を防止する効果が期待できる」と福田医師は述べています。

他にも、詳しく漢方治療について書かれていましたので、現在抗がん剤や放射線治療などの副作用に悩んでいる方、あるいは標準治療では治すのは難しいと言われた方、苦しい治療よりも安全で体に負担のない治療を望んでいる方、どうぞご覧くださいね。
         「TAKUの明るいがん治療生活」より転載
           http://blog.livedoor.jp/takutaku7and7/archives/50700194.html

「脊索腫」にかかった13

 漢方薬の「十全大補湯」(一元製薬)の新しいビンを買った。最初1回6錠ずつ呑んで、最後の頃には1回4錠ずつ呑むことにした。それでも5週目で最初のビンはからになった。これを呑んでいると、確かに身体の下半身のあちこちに反応があり、それは薬と脊索腫とが戦い、反応しているのだと考えている。しかし、これも医者から言わせれば「素人考え」だろう。整形外科医は何でも「切る」。気功や漢方薬などは歯牙にもかけない。彼らにとって、いかに難手術で「神の手」を振るうかが最大の関心事。神の手に近づくためには、さらに多くの症例を手がけなければならない。だから彼らは今日も「切る」。
 その結果、たとえ患者が半身不随となり、人工肛門となり、車椅子生活となっても、それは手術の結果たまたまそうなったのであって、最初から意図したものではない。もともと患者はそんな難病にかかっていたのだから、それは患者の責任だ。そう思いながら、今日も珍しい病気を手がけた症例を増やすために、彼らは「切る」。
 しかし、この「脊索腫」の振る舞いは、どうみても素人目には「腫瘍」らしくない。一種の生物のように軟組織の細胞や骨の中に、人知れず侵入していく。だからこれを処置するには、外科的手法ではなく内科的手法でないと「切って取る」だけでは、たとえ「神の手」であっても取りきれないと思う。
もし患者となったヒトは従って全て整形外科医にゆだねて手術するのではなく、「セカンドオピニオン」を医学界以外からも収集したほうがよい。これまでの事例を見ても、セカンドオピニオンを医学界以外からも求めて処置した人のほうが、半身不随や人工肛門、車椅子生活にならないで生還し、生き続けている気がする。
 そこで、私は漢方薬「十全大補湯」に加え、抗癌・抗腫瘍効果を持つといわれる「あしたば」を試してみることにした。ベランダでプランターにあしたば5株を植えた。それが育つまで、スーパーで売っていた「あしたば」を買ってきて「あしたばジュース」を試している。あしたばの葉・茎適量と、バナナ半分、牛乳適量とをジューサーにかけ「あしたばジュース」を作っている。結果はいいようだ。身体がすっきりしてきたし、漢方薬と違った面でも効いている気がする。
あしたば

「脊索腫」にかかった12

 漢方薬の処方は、通常14日単位になっているという。その2週間で患者と薬との相関関係を調べながら微調整をしていくという意味があった。私の場合は4週間が過ぎようとしている。そこでこれまで1日3回、1回6錠を呑んでいたのを1回4錠にした。それでしばらく様子を見てみる積りだ。
 昨日は、漢方薬によるわが脊索さまの「反応」は、肛門周辺だった。肛門あるいは直腸のタテのラインから索条様のものが仙骨に繋がっていて、それが少し鈍痛を発している。あと1点、陰嚢でひりひりするようなタテの反応があってしばらく続いた。まだどこに「反応」としての鈍痛が現れてくるかは判らない。それほどわが脊索さまは広範囲にあちこち侵入していたというっことだ。
 こういう様子を見ていると果たしてこれは「腫瘍」なのかという気がしてくる。少なくとも「腫瘍」は本来ヒトの細胞が何らかの事情で変化して増殖し、人間に何らかの悪さをするもの。しかし「脊索腫」といわれるものは、通常のヒトの細胞ではない。本来脊索動物が持っている細胞で、それが何らかの原因でヒトのある部分(脳基底部、仙骨尾骨)で目覚め、ゼリー状、霧状になってどんどんヒトの細胞や骨の中に侵入していく。まるで異生物、エイリアンがヒトの身体の入り込んでくるような様相ではないか。やはりこれは謎の「腫瘍」と言わざるをえない。
 だからこれを治療しょうとする医者も、「腫瘍だから切り取る」という姿勢で臨んでは、大きなしっぺ返しを食うような気がする。まず薬剤の反応で、どれほどの規模か、どこに侵入しているかを見極めて、それから手術、放射線、薬剤のどの治療を選ぶのか賢明かを判断しなければ道を誤る気がする。
十全大補湯

「脊索腫」にかかった11

それから4週間。最初の日に、それまで悩まされていた激しい「夜間痛」が消えた。それから毎日三回六錠ずつ服用してきたが、日を追って、仙骨、尾骨、臀部、直腸、肛門、陰部、陰嚢などが順次反応して痛みを発した。しかしこれらの痛みは激しいものではなく、長くて1日、早くて半日で消え、また次の箇所へと移っていった。昨日は少し肛門に痛みを感じたが、これは3年前頃自分に起こった状況で、全体がその頃に戻っている気がした。そして今日は薬剤に「反応」する脊索腫の痛みはほとんど薄らぎ、このままでは近く元気な頃の自分に復帰する予感もある。
 この「痛み」による薬剤への反応を見る限り、「脊索腫」は想像以上に深く浸透し、これら各パーツの細胞に入り込んでいるような感じがした。それは薬剤を飲む前には想像もしなかった、広範囲な広がりと侵入度を示していたが、薬剤服薬で始めてそれを知ることができた。
 おそらく手術をする医者は、そこまで広範囲に、しかも深く侵入しているとは思わないのだろう。これでは手術に取り掛かったとしても、下半身の全てを取り去らない限り、脊索を取り去ることは出来ないように思う。最初のMRIで全てが写り出せるとは限らない。だから手術にとりっかってから長時間かかったり、人工肛門、車椅子という事態が出てくるのも当然かもしれない。
 わたしの薬剤投与が上手く行けば?、脊索腫の進行を止め?、小さくする可能性もあるかもしれない?。そうすれば放射線治療も不要になる?。薬剤投与で根絶することはあるいは無理かも知れない。油断をしていれば再発してくるだろう。しかし薬剤は他の方法よりもはるかに安価で安全だ。しばらくはこの方法を試して、脊索腫と「共存」して生きながら、暴発を抑制し、人生の最後まで生き続けることが出来ればそれでいいと思う。多くを望んではいけないのだ。

「脊索腫」にかかった10

しかしその前にやるべき問題は、どうやってこの腫瘍の働きを抑え、小型化することだった。何か薬剤があるのではないかと気がついた私は、まず漢方薬をあたった。漢方薬に表立って「腫瘍、がんに効く」という効能を謳ったものはさすがになかった。しかし仔細に見ていくと「十全大補湯」が、がん療法の副作用を抑え代替療法としても使われていることを知った。そして「がんにかかった」漢方薬局の店主が大学の指導教授から「十全大補湯」を勧められた話や、肺がんになった医者が手術を避け、この漢方でがんを抑え生き続けていることを知った。
 「十全大補湯」が、体内のトリガー細胞を活性化し、がん細胞に働きかけ、抑制するという研究を発表している研究者も2,3あった。肝心の脊索腫と「十全大補湯」との関係は判らなかったが、脊索腫にかかった犬が動物病院で「十全大補湯」を処方され、治癒したという話もあった。
 そこで私はとにかく「十全大補湯」に賭けてみることにした。駄目でも手術よりは悪い結果とならないような気がしたし、高額放射線治療には行けない今の状況では止むを得なかった。
 ベランダからの眺め

「脊索腫」にかかった9

今から思えば、その町医院の判断もN医科大学の教授への紹介も処置としては正しかった。しかし私の判断もまた正しかったかもしれない。それ以来2年間、この「仙骨腫瘍」の手術の様子や、それから帰還した人たちの悲惨な様子を知るにつれて、「手術」をすることへの気持ちは次第に遠のいていった。一方では目の前の坐骨神経痛?に対して対処療法を行うことでやり過ごしてきた。
 しかしこの間、「脊索腫」は密かに体内に浸透を広げていた。それは、後に薬剤投与を始めてから薬剤に反応する形で「こんな所にも浸透していたのか?」と判ったのだが、患者本人にとっては、これまでとそれほど変らない日常だった。しかし二年ほどして便通が変になった。尿の排泄もおかしかった。そこで改めてN医科大学教授への紹介状に書かれていた「仙骨腫瘍」について調べてみた。
 「仙骨腫瘍」には「脊索腫」と「巨細胞」の二つがあった。どちらもよく判らない、資料の少ない腫瘍だったが、私の場合はどうも「脊索腫」である気がした。そこでその「手術」の状況の資料、「医者のコメント」「患者のコメント」をネットから探し出した。そして手術をしない方法としては、現在炭素線など放射線治療が行われていい成績を上げていることも判った。そしてこの方法には300万円かかることも判った。
 「脊索腫」の治療には二つの方法があった。ひとつは手術、もうひとつは放射線治療。しかし、手術は人工肛門、車椅子が避けられず、再発の可能性が大きい方法だった。一方炭素線などの放射線治療には巨額の医療費が必要だったし、大きく広がった腫瘍には適応できなかった。病院からの紹介しか受け付けないという点も手軽にはいかない方法だった。
 とにかく「手術はやらない」と私は決めていた。既に70歳で、手術をやって再発してを繰り返している間に寿命は終わってしまう気がした。仙骨を取り出すことにも抵抗があった。
 そうすれば、現在の腫瘍を小さくして、その後に放射線を受ける方法しかないかも知れない。そう考えて、「紹介状を貰う為にも」とりあえず都内で最も信頼度の高い大学の整形外科を受診した。「仙骨腫瘍」の疑いは自分からは言わなかったが、レントゲンを撮り、担当の先生は「痛みは加齢から来ているものでマッサージ、ハリをやって下さい」といった。レントゲンに写った映像からは、たしかに心配した「ヘルニア」の兆候は見られなかった。MRIを撮ればおそらく「脊索腫」の事が表面化し、手術へ向けて進んでいくに違いないと思っていたので、ひとまず安心した。
 

「脊索腫」にかかった8

 私がこの脊索腫にかかったのは正確には何時ごろだろう?2年半前には町の肛門科医院で見てもらい「こぶがある」と言われてMRIを撮った。その結果「仙骨腫瘍の疑い」でN医科大学の教授への紹介状を貰った。この1年以上も前から「仙骨」の周辺がなにかじくじくしている感じがあり、股関節を始めいろいろな骨が痛んだり止んだりしていた。それは自分がいま続けている気功修練の結果だといい方に解釈していたのだが、その実は脊索腫が仙骨から目覚め、あちこちへ侵入しはじめた結果だった。
 仙骨や尾骨も時々痛んだが、それは長年いわば「座業」を続けてきたので、坐骨神経痛になったのだと思っていた。その治療や対策をいろいろやっていた。そして、肛門の病気を疑って町の医院へ行ったところ、N医科大学の教授への紹介状を貰うことになった。ただ町医院の先生と、大学教授とのやり取りの電話を聞いていると、「すぐにも、入院・手術」という切迫した様子が伺えた。町医院の先生は「放置すれば死ぬかもしれない。仙骨全摘も有り得る病気」と説明した。
 私が続けてきた気功修練では「仙骨」はある種神聖視されており、これを欠損することは気功の「死」を意味しているように思われたので、それだけは避けたかった。当時いくつか私は当面する仕事を抱えていたから、もしそういう事態になっても即応できない。そこで紹介を受け「明日一番に来なさい」と言われたN医科大学の教授のところへは行かないことに決めた。
 当時確かに坐骨神経痛?はあったが、それほど切迫した症状の様には思われなかったし、「肛門科」へ行ったのも、もし「直腸がんでは?」との思いから行ったので、それがないとなると差し当たって「緊急」を要するものは私には見あたらないと感じた。
 

脊索腫になった人たち

 「脊索腫」にかかった人たちの感想を掲示しました。

1)難病の悪性腫瘍「脊索腫」から生還    櫻井さん(女性・59歳)

 櫻井さんは、26才頃から、尾てい骨から背中にかけて痛みを覚え、44才の時に、「脊索腫(せきさくしゅ)」と診断されました。「脊索腫」は 体中にするどい痛みが走り、最悪の場合は、半身不随や死を覚悟しなくてはならないという難病の一つです。
 大病院で、 手術を勧められました。それは、太い神経を切断する必要があり、術後は車椅子を余儀なくされるという手術。「痛いとはいえまだ普通 に立って生活していられるのに、どうして車椅子生活になるとわかっていて、手術を受けなくてはいけないのか」と、どうしても納得できず、いくつもの病院を転々としましたが、行く先々で同じような診断を下されました。
 疲労がたまると、脊髄に強い痛みが走る、の繰り返しの辛い日々を経て、偶然、就職した先であしたばに出会ったのです。
まず、疲れがたまらくなりました。その結果、疲れによっておこる脊髄の痛みから解放され、今では普通 に暮らしています。
 あしたばは命の恩人。無くてはならないものです。ありがとう、これからもよろしく。

2) 「脊索腫」にかかって    やすたけさん・70歳・男性

 年間世界で300人ぐらいしか発病しないと言われる脊索腫。ヒトの細胞とは異質の脊索動物(ナマコ、ホヤなど)の細胞が突然、仙骨や脳中心部から目覚めて蔓延しはじめる。
 私の場合は仙骨への意識による刺激が古生代?のヒト以前の細胞を目覚めさせたと思っている。
2年前町の医院で診察を受けMRIを見て、「仙骨腫瘍の疑い」で大学病院の自分の担当教授を紹介された。医者は興奮して教授に報告、翌日朝一番に来るように言われたが、「仙骨全摘も有り得る」と脅かされたので行かなかった。
 以来2年、仙骨の「夜間痛」がひどくなり、脊索腫についていろいろ調べると、今は手術が主流のようだが、手術をしても再発の可能性が高く、手術によって「人工肛門」や「車椅子」になる可能性が大きいことがわかり、手術後1年間も入院して、松葉杖となった方の体験もあった。
 放射線医者の中には「この手術は聞いただけで眼もくらむような難手術」という方もいた。炭素線放射治療が有効なようだが、これは300万円前後かかり、大きくなると駄目のようだ。
  そこで私は「手術はしない」「炭素線は最後の手段」と決め、とりあえず何か「薬剤」系で有効なものはないか探すことにした。腫瘍に有効性がある薬剤系をいろいろ探し、漢方系にたどり着き、3週間前から飲んでいる。
 それで判ったことは、自分が考えていた以上に脊索は仙骨や臀部の軟組織に深く侵入していること。薬剤に反応する場所は、骨盤内の軟組織全てに及んでいた。すぐに「夜間痛」がなくなり、各部位が順番に鈍痛を発して薬剤による何らかの有効な反応がある感じがする。
 大手術をやってもこれでは取りきれないだろう。それをやって不具同然になるよりも薬剤で進行を抑え、ともに生きる道を私は選んだ。

3)脊索腫を手術した父

 半身麻痺も回復し、日々の生活に戻って一年も経とうかというころ
父はお尻の(正確には仙骨・・・脊髄の一番下、シッポの部分)あたりが痛いと言い出しました。
しかもその痛み・・・なんと一年も我慢していたらしい
つまり半身麻痺で入院していたころから痛みは出だしたらしいですね

で、近くのプチ総合病院で検査をしに行ったら
ここでは正確な検査が出来ないので紹介状を書きますからと言われ
プチじゃない、総合病院へ行きました。

そこで何時間も待たされ、いろいろ検査を受け
でた結果は・・・「脊索腫」

腫瘍の一種で、仙骨に発症するものらしく
以下に記載したものはインターネットで調べたものの一部です

[脊索腫] 

中年以降で、仙骨に生じる悪性腫瘍です。ゆっくり増殖し、仙骨部ですので症状が少なく
初診時には巨大になっている事が多い腫瘍です。
治療は、化学療法は無効で、仙骨部の切除が行われますが、腰や仙骨の神経の近くに出来ますので
一緒に切除する必要があり、様々な神経障害が発生します。
特に直腸への神経を合併切除する場合は人工肛門などの手術も必要です。

それで、手術をしなければいけませんということで
入院することになりました。
しばらくは検査が続き、やがて先生のほうから手術前の説明を受けることになったのですが

間単に表現しますとこういうことです。

「良性の腫瘍です。
ですが場合によっては脊髄を切らなければなりません
一番目を切ると排尿排便の機能がマヒします
二番目を切ると半身麻痺です。
手術そのものは3~4時間で終わります」・・・と

ところがいざ蓋を開けてみると午前11時に手術室に入った父は
3時間たっても4時間たっても出てきません
それどころか数時間を過ぎたころからナースがバタバタと走ってくるし
ナースステーションでの会話は「取れないのよ~」とか聞こえてくるしで・・
こんなとき家族は何もしてあげられません。
ただ医者を信じて手術の成功と父の無事を祈るしかないんです

そして深夜になり翌日を迎えた午前1時過ぎ
やっと14時間強の戦いの末、父は手術室から出てきたのです
脊髄の一番目の骨を切除し、排尿排便の機能を失って・・・

ストレッチャーにのった父の顔は
風船か火星人かというほど腫れていました

ワゴンに乗ってきたガラスの容器の中には
いま摘出された患部がありました
生後1~2ヶ月くらいの赤ちゃんの頭くらいはあろうかと言うほどの大きさでした。

その後ナースステーション前の病室に入れられ(普通の病室)
以後麻酔が切れてからの数日は痛みとの戦いが待っていたんですけどね。

先生も半日以上に渡るオペで本当に大変だったと思いました。
でも・・・疑問は残ったのは事実です

疑問その1・・・手術時間の誤差
疑問その2・・・悪性にもかかわらす良性と説明したわけ
疑問その3・・・脊髄を切らないで済む方法もあったのか

1の疑問はすぐに解決しました。
初めてだったんです・・・脊索腫の手術
安易に考えていたんでしょうね・・おそらく
2も3も答えは同様だと思いました。
確かに珍しい病気らしいですけどね

でも、直腸への神経を合併切除する手術をしたのに
その後のケアも説明も何もありませんでした。

こののち今に至るまで、父は10年近くにわたり
日々24時間体制で痛みと向き合うことになるのです。


4)父が「脊索腫」になった     みうさん・29歳・女性       

 私の父は、下肢の麻痺・しびれ・疼痛が出現し、たくさんの検査を受けたところ骨から発生している癌と診断されました。
 治療法は1、重粒子 2、手術 と言われ、高額だとわかっていましたが、医師からの話では重粒子の方がデメリットが少ないような話だったので、重粒子の方を選択しました。しかし、重粒子の説明を聞いているうちに、重粒子を行う目的は「痛みをとること」と言われ麻痺やしびれはどうしても残るものと告げられました。
 なんだか、高額を払ってまで(特にうちは貧しいので・・)重粒子を行う意味があるのかよくわからなくなってきました。さらには、うちは実験台になるのではないかとまで思ってきました。
私は考えすぎなのでしょうか・・・

5)脊索腫になってしまったようだ  malieさん

私が仙骨腫瘍になったことに気づいたのは些細なことからでした。
いつからか階段などを登る時に臀部に痛みを感じるようになった事からでした。

筋肉痛とも違う鈍い痛み。

1ヶ月経っても治らない。

病院に行って来ようか?

でも、何科に掛かればいいの?

手術前の検査で、私の仙骨に巣くっている腫瘍は
脊索腫ではないかということが判りました。

そうなるとやはりDrの行ったとおり大掛かりな手術が必要なようです。
しかし、私にはどうしても自分がそんな大きな病気になったとは思えませんでした。

手術前に看護士さんに術後の対応やなにやらを聞き、
人工肛門をつける場合はここにメスを入れます。
大丈夫な場合はこちらにメスをいれますなど、具体的なことが決まっていきました。

とうとう前日、塞栓術で腫瘍に行っている大きな血管が塞がれました。
出血量が多くなるのでなるべく大きな血管を詰めるとのことでした。
痛みが出るかも知れませんとのことでしたが、それはさほどのことではありませんでした。

前夜はとうとう年貢の納め時と観念して涙で枕を濡らしました。
脊索腫という腫瘍の場合、命にも関わってくると本で読んでいたので、
これから送る生活と人生の最後を思って覚悟を決めました。

ところが・・・・
手術室から出てきた私に掛けられた母の言葉は意外なものでした。
「マリー、大丈夫だったよ!」
確かに母はそう言ったのです。

ですが私の腹部には管が付いていました。
人工肛門確定なら付いているはずのところにです。
麻酔で朦朧としながら私は
「母はまた早とちりして聞き間違えたんだな~」などと思っていました。

痛みの苦痛に悶えながら丸一日ICUで過ごしました。
もう朝がきたのか?もう何時間も寝たよね!
そう思って何十回と時計を見たのを覚えています。
あまりの苦痛にベットでの体位を変えてもらっていましたが、
あまり頻繁に看護士さんを呼んではと思い、我慢したつもりでいましたが、
結局は1時間に1回ほど呼んでいたようです。

そんな時間をなんとか過ごし、丸一日後にICUを出るときに私はやっと母が言った事が本当だったと知りました。
本当なら一週間はICUにいる筈だったのですから。

私のお腹に付いていたメスの痕はお腹に溜まった血を抜くためのものでした。
そうです、人工肛門は付いていなかったのです。

Drはまだ若い私の将来を考えてまず腫瘍の検査をしてその結果、腫瘍が脊索腫ではないことが判り手術方法を変更されていたのです。

私と母は奇跡が起こったと、このときほど神に感謝した事はありませんでした。

ただ良く考えて見れば、このときまで本当の腫瘍の名前が確定されていなかった、という事にもっと注意を向けておけばと今になっては思います。

Drに感謝し、神に感謝しこの後私は辛い回復への試練に立ち向かいました。
しかし私のこの病気との付き合いは、まだまだ始まったばかりでした。
これからの10年に渡る苦痛は私がここで手術を受けたことから始まったのです。


同じような病気の方が見つかるかも。
応援お願いします。



6)脊索腫の摘出手術

母は今年の5月に、脳腫瘍海面動脈洞にある脊索腫の摘出手術を受けましたが前にガンマーナイフを当てたため腫瘍が固く取れませんでした。11月のMRI検査で、6センチにも大きくなっており、担当医の先生に、こんなに大きくなっていたらもう手の施しようが無いです。と言われました。家族全員がショックを受けています。私としては絶対に諦めたくないので、手術が不可能であれば、東洋医学で何か良い方法が無いか探しています。小さいことでもよろしいので私たち家族に希望の光を下さい。宜しくお願い致します。


 
7)仙骨の腫瘍について

 昨日、強い神経痛(でん部~足先)の原因究明のために撮ったMRI画像で、仙骨にくっ付いた腫瘍を発見しました。MRI画像横に記載されていた単位はcm、それを信用すると10cm位の腫瘍でした(しかし外見からは全く判りません)。
 よそで撮ってきたMRI画像だったのと、夜遅かったので、この単位が信用出来るものかどうかは未確認です。現在の担当医(個人経営の整形外科)とは「とりあえず専門医にかかりましょう」ということで、来週の予定を立てただけです。
 次の月曜日に仙骨中心のMRIを撮って、さらに数日後に大きい病院の専門医にかかる予定です。
自分なりにネット上で調べていますが、情報量が多すぎて困惑していますので、どうかご助力下さい。
 まず私は3年前に初期の乳がん(浸潤性/リンパ節浸潤無/乳房温存)を経験しています。
術後30回の放射線照射を受け、4週ごとにホルモン注射を受けて生理を止めていましたが
半年ほどで行かなくなっていました。その後定期健診なども一切受けず・・・現在に至ります。

8)脊索腫  その2

大正生まれの古い人間のせいか
父は極めて我慢強い。
その我慢強い父をもってして顔をしかめて唸らせる痛み・・・
それが術後の戦いだった。

患部は取り除いたものの排尿排便の機能が麻痺してしまったのですが
見てると運動神経は麻痺したけど知覚神経だけはしっかりと残ってるといった感じです

あるとき・・・
医者は父にこう言ったそうですよ
「オレが治してやったんだ」・・・と

言わせていただければ、それがあなたの仕事でしょう
泥縄の勉強で手術しておいて
しかも本来なら初めから脊髄の切除は確立としては高かった
にもかかわらず、その後のケアもなく
人工肛門という方法だってあったろうに・・・
というか、それをあらかじめ考慮するらしいですね
それで、おっしゃったお言葉が
「オレが治してやった」でございます。

****************************************

退院してからも毎月1日がかりで病院に検査に行きます
寝ていても痛みが辛い状態なのに
硬い椅子で待っていることはかなり苦痛のようでした

いろいろインターネットとかで調べて脊索腫に関して専門的に研究されているところとか
コンタクトをとって写真(MRIとかの) を見ていただいたりしたこともありました
手術をしてくれた先生には失礼とも思いましたが
時間の予測もつかなかったことや初めての手術だったことに不安を感じていたのです

ネットで対応してくれたのが、ある地区の赤十字病院の先生なんですが
さすがに詳しかった
”カウザルギーに似た激痛を伴うので
ペインクリニックに相談してみるといいですよ”とのメールを頂きました
私には宇宙語でしたが、医者でさえ宇宙語なのでは?と思ったときに
怖くなりました。
あれだけ痛みを訴えていたのに、何故に神経ブロックという方法とかを
教えてくれなかったんだろう

何度目かの診察のときに
「身体障害者の申請しますか」と言われました
出来るのであればじゃぁお願いしますということで
次回診察に来たときに申請書を書きましょうということで帰ったんです

ところが次の診察のときにその話をしたら
「オレそんなこといったっけ?」・・・
一応・・外科部長ですよ・・その人
確かに沢山いる中の患者の1人かもしれませんけどね

もしかしたらネットで調べて他へ写真とかをもらって送ったことが
お気に召さなかったのかもしれませんけどね
でも病院の規定では、希望すればレントゲンとかの写真は買えました。

それ以来、父はその病院に診察に行きません
待ってる時間が辛いのもありますが
不信感は拭えませんのでね・・・。

****************************************

そして10年近く経った今でも
その痛みからは逃れることが出来ずにいます

あの時・・・医者がもう少し真剣に相手の痛みを思いやってくれていたら
父はこんな地獄を味あわずに済んだのに・・・
あの強固な父が死にたいと思ったくらいの痛みを・・・



9)脊索腫 にかかった犬の場合    匿名希望

Q;最初気がついた症状は:
抱っこしていたら、尻尾の先にポツンとできものがあるのに気がついた。元気や食欲などいつもと変わりなし。
Q;症状についてコメントがあれば
尻尾の先端に5mmくらいの丸いポッチができた。飼育本で、尻尾の先にできる腫瘍があると読んだ事があったので、間違いないと思い、病院へ連れて行った。本フェレ、痛がったり、痒がったりの症状は一切なかった。
Q;どんな検査をしましたか:
触診で脊索腫に間違いないとのこと。説明を受けた。レントゲンを撮り、切除の場所を確認。今まで3例の症例があったそうで、3例とも良性で心配ないだろうと。ただ再発する可能性があるので、腫瘍より1.2cm離して尻尾を切断。尻尾の切断に抵抗があったのを先生に察して頂き、なるべく切らないようにするので(笑)と話を頂き、託した。手術自体、手が掛からず15分程度。術後、麻酔の覚醒のため入院と言われていたが、経過が順調で即日退院となった。どうやら1cm程度の切断で済み、腫瘍は病理に。5cm程毛が刈られ、ちょっと可哀相。。。
Q;診断結果は:
病理の結果、良性。腫瘍は『脊索腫』とのこと。
Q;治療方法は:
1ヶ月程、消毒&血行促進のためレーザー治療に病院へ通った。抜糸は特になし。体内で溶ける糸を使用したそう。術後のかさぶたが取れ、これにて通院完了。
Q;その後の経緯は:
問題なし。しかし、毛が生えてこない。。。(笑) 手術をして9ヵ月後、めでたく毛が生えた。長かった・・・
Q;他の飼い主さんにアドバイスがあれば
脊索腫は、尻尾の先端にできるのが多いようです。ボディーチェックは、尻尾の先まで診ることをお薦めします。できた腫瘍はそのままにしていても問題なく、大きくなって腫瘍を引きずって擦れたり、血が滲んだりしたら切除とおっしゃる所もあります。でも、そうなったら当然切除する部分も多くなります。尻尾も短くなってしまいます。どんどん大きくなってくる腫瘍なのでいずれは取ることを考えると早めが宜しいかと思います。

脊索腫について医者のコメント

「脊索腫」に関し、医者および医学関係者のコメントを記載しました。 

1)「がんになったら」脊索腫
 
手術がむつかしい脊索腫 ですが、
 中年以降で、仙骨に生じる悪性腫瘍です。ゆっくり増殖し、仙骨部ですので症状が少なく、
初診時には巨大になっている事が多い腫瘍です。治療は、化学療法は無効で、
仙骨部の切除が行われますが、腰や仙骨の神経の近くに出来ますので、
一緒に切除する必要があり、様々な神経障害が発生します。
特に直腸への神経を合併切除する場合は人工肛門などの手術も必要です。
近年、重粒子線治療が有効であることが報告され、当科からも依頼を行っています。
大阪大学病院より
http://www.mc.pref.osaka.jp/kabetsu-shoukai/seikeigeka/kotsunanbugansetsmei.htm

骨肉腫、軟部組織肉腫も手術がむつかしいく
脊索腫と同じ仲間に分類されています。

ということで大阪大学病院にいった ばあいは
重粒子の有効性を熟知しているようで安心です。

しかし一般には残念ながら
重粒子については大きな大学の放射線医でもしられていません。

2) 脳の脊索腫 Chordoma

脊索腫は頭蓋底中央部付近から発生します。胎生期における脊索の遺存組織からなる腫瘍で軟骨の中に腫瘍細胞ができています。発育は緩慢で、増大に伴って外転神経麻痺をはじめ、種々の脳神経麻痺を起こします。

外科的に全摘出は困難で、術後放射線治療を行いますが、感受性は低いと言われています。

3) 脊索性腫瘍 notochordal tumours

 脊索腫 chordoma が含まれる.これは遺残脊索組織から発生し,それ故に正中部に沿った仙骨・
尾骨部と頭蓋底の斜台領域に好発する.低~中等度悪性の腫瘍で,発生部位から完全切除が困難で局所再発をしやすい.

4) 脊索腫

 脊索腫は、非常にまれな骨の腫瘍で、脊椎周辺のあらゆる高さの部位(頭蓋骨の底部から尾骨まで)から発生してきます。脊索腫は、胚期(胎児の成長の初期段階)における脊柱の発生段階の途中で未成熟なまま取り残された細胞の塊から発生してきます。このような細胞は通常は自然と消失するのですが、ごくまれに体内に残って腫瘍へと変貌することがあります。小児期と青年期、特に女児では、脊索腫は斜台(頭蓋骨の底部にある骨)に発生することが多くなります。症状は多岐にわたりますが、痛みや神経系の障害が代表的です。脊索腫が再発する場合は最初と同じ部位に発生するのが通常ですが、肺や別の骨に再発することもあります。
 標準治療としては手術と放射線療法があります。また、X線とは別の特殊な高エネルギー放射線を利用する陽子線治療という治療法もあり、小児の脊索腫に対してはこれが最良の治療法となります。

5)脊索腫

 中年以降の仙骨に生じる悪性腫瘍です。症状が少なく来院時に巨大になっている事が多く難しい手術が必要となる腫瘍です。
 治療は、仙骨部の切除を行います。仙骨神経の障害が強い場合は人工肛門などの手術が必要となります。そのためできるだけ早期に発見し手術を行うことが大切で、お尻の周りにいつも痛みやしびれを感じる場合は一度専門医を受診されることをお勧めします。

6)脊索腫

脊索腫はきわめてまれである。脊索腫は原始脊索の遺存部から発生する。脊柱の端部が好発部位であり,通常仙骨または頭蓋底近くに位置する。脊索腫が仙骨尾骨部位に位置するときは痛みはほぼ一定している。脊索腫が後頭部の基底に位置するとき,脳神経のいずれかに症状を現すが,視神経を侵すことからくる症状が最も一般的である。診断までの症状の期間は,数カ月から数年と様々である。脊索腫はX線上では軟部組織の腫瘤と関連する膨張性の骨破壊性の病変として示される。血行性転移はまれである。局所再発は転移性の広がりよりも厄介なことが多い。仙尾骨部位の脊索腫は根治的な一括切除により治癒することがある。蝶形後頭骨部位の脊索腫は通常,外科的手術が困難であるが,放射線療法に反応することがある。

7)脊索腫について

前述したように、私はこの病気はそれほど詳しくないので、少し調べました。
白色、半透明でゼラチン状の腫瘍。胎生期における脊索の遺残から発生したものといわれていたが、最近は成人椎体内の良性脊索性病変から発生することがわかってきた。
35~39歳に多い。好発部位は頭蓋内(50%)、仙尾部(33%)、その他脊椎(17%)、特に斜台(下垂体の近くあたりです)、鞍背(これも下垂体の近くです)
骨の破壊を伴うために全て摘出は困難。
転移は多くない。頭蓋内のものは脳幹を破壊して死亡せしめる。
治療は外科的切除もしくは放射線(陽子腺の有効性を示す文献あり)

これは私見ですが、足の麻痺などが残る可能性はありますが、手術さえすれば、今回のケースでは命を脅かす可能性がそれほど高くはないように思います。

 





脊索腫の症状と治療

脊索腫についての情報は非常に少ないです。アメリカの整形外科医のコメントがありましたので以下に載せます。

 Chordoma 脊索腫について
Research on the Horizon
研究 Chordoma is a rare tumor that usually occurs in the spine and base of the skull. It is a malignant tumor that grows fairly slowly. It can spread to other organs, usually the lungs. It represents only about 1 percent of all malignant bone tumors.

 脊索腫は、通常脊柱と頭のベースに存在する珍しい腫瘍です。それは、かなりゆっくり成長する悪性腫瘍です。他の器官(通常肺)まで広がる可能性もある。珍しい腫瘍で症例は悪性骨腫瘍全体のわずか1パーセントぐらい。

Chordomas develop in a structure called the notochord. The notochord forms the early spine in the beginning stages of fetal development. Most of the notochord is replaced by the spine during the first six months of development. Small areas can remain, and chordomas can form in these areas.

 脊索腫は、脊索と呼ばれている構築物で発達します。脊索は、胎児の発育の初めの段階に、初期の脊柱を作ります。大部分の脊索は、発展の最初の6ヵ月の間に、脊柱と取り替えられます。小さな部分は残ることがあります。そして、脊索腫はこれらの残った部分で発生することがある。

Most chordomas occur at the base of the spine (sacrum), in the tailbone (coccyx) or at the base of the skull (40 percent), but they can occur other places in the spine.

 大部分の脊索腫は脊柱(仙骨)の基底部、あるいは尾骨(尾骨)で起こり、40パーセントぐらいが脳の基底部で起こります。しかし、脊索腫は他の細胞の中に侵入して脊柱を置くことがある。

Most patients with chordomas are between 40 and 70 years of age. Occasionally this tumor can occur in younger patients, even children. The average age of people affected is about 55 years.

 脊索腫chordomasの患者の多くは、40才ー70才の間の人です。時折、この腫瘍は、より若い患者(子供たちさえ)に起こることがある。影響を受ける人々の平均年齢は、およそ55年です。

Chordomas are life-threatening. They can cause death by direct growth or by spreading to other organs. They spread to the lungs about 20 to 30 percent of the time.

 脊索腫Chordomasは致命的です。彼らは、直接的な成長によって、または、他の器官まで広がることによって死を引き起こすことがありえます。脊索腫は、20〜30パーセントについて、肺まで広がった例があります。

Risk Factors
危険因子
Chordomas occur spontaneously. They are not known to be caused by trauma, environmental factors, or diet. Chordomas are not inherited. Chordomas are not associated with any medical conditions or use of any medications or supplements.
 
 脊索腫Chordomas は、自発的に起こります。脊索腫は、精神的外傷、環境要因またはダイエットに起因するということはありません。脊索腫Chordomasは、遺伝しません。 脊索腫Chordomasは、薬物や補助食品を使用したから発生するわけではありません。


Symptoms
徴候
Symptoms depend on the location of the tumor.
 
 脊索腫の徴候は、腫瘍の位置に依存します。

Tumors in the skull can cause headache or problems with vision.

 頭の腫瘍は、頭痛または視力に関する問題を引き起こす可能性があります。

Tumors in the spine can cause pain in the area of tumor (neck, back, or tailbone). A tumor pressing on nearby nerves can cause symptoms similar to a "slipped" (herniated) disk. These symptoms include arm or leg pain, weakness, or numbness.

 脊柱の腫瘍は、腫瘍(首、背中または尾骨)では、痛みを引き起こす可能性があります。近くの神経を圧迫している腫瘍によって、「すべり症」(ヘルニア)に類似した徴候が起きることがあります。これらの徴候は、腕または足の痛み、弱体化または麻痺を含みます。

Tumors in the tailbone area can cause a noticeable mass, numbness in the crotch area, and problems with the bowel and bladder.

 尾骨域の腫瘍は、大きく広がり、股領域の麻痺と腸と膀胱に関する問題を引き起こすことがあります。

Chordomas grow slowly. Patients often have symptoms for a long time (more than a year) before they seek medical attention.
 
 脊索腫 Chordomasは、ゆっくり成長します。患者が治療を望む前に、その患者は長い間(1年以上も)しばしばその徴候がありますが、患者は脊索腫という重要な腫瘍と気付かないことが普通です。

Diagnosis
診断
X-rays of the sacrum are often difficult for doctors to interpret. Chordomas themselves do not show up well, but the bone damage may be seen on the X-rays.

 仙骨のX線は、しばしば医者が解釈するのを誤ります。脊索腫Chordomas自体はよく現れません、しかし、骨の損傷はX線の上で見られる可能性があります。

Treatment
処置
Treatment of chordomas is very difficult. This is mainly because these tumors are near the brain and spinal cord. Traditional chemotherapy has not been very effective.

脊索腫chordomasの処置は、非常に難しいです。これは、主にこれらの腫瘍が脳と脊髄に近いからです。伝統的な化学療法は、これまでのところあまり効果的ではありません。

Surgery is preferred, where possible. Radiation in combination with surgery is often used to treat these tumors. Radiation alone rarely cures the tumor. When tumors cannot be surgically removed, sometimes radiation therapy can stop the growth of the tumor.

 可能な所で、手術は好まれます。手術とともに放射線は、これらの腫瘍を治療するのにしばしば用いられます。放射線だけでは、腫瘍をめったに治療しません。腫瘍が外科的に取り出されることができないとき、放射線療法は腫瘍の成長を止めることができます。

Surgery is the best treatment for chordomas, but in many cases it can be difficult to perform because of important structures near the tumor. The surgeon must remove the tumor and a margin of normal tissue around it.

 手術は脊索腫chordomasのために最高の処置です、しかし、多くの場合、それは腫瘍の近くで重要な構造のため、実行するのが難しい手術です。外科医は、それのまわりで腫瘍と通常の組織とを区別して取り出さなければなりません。

This often results in a loss of neurologic function. For example, surgical removal of tumors in the sacrum can result in loss of control of bowel and bladder function (incontinence).

 これは、しばしば神経機能の損失に終わります。たとえば、仙骨の腫瘍の外科的除去は、腸と膀胱機能(失禁)の制御の損失に終わることがありえます。

Fifty to seventy-five percent of patients treated with surgery will be alive after five years.

 手術で治療される50〜75パーセントの患者は、5年後に生きています。

Research on the Horizon
研究
Advances in radiation therapy are allowing higher doses of radiation to be applied with less damage to surrounding normal tissues, such as the brain and spinal cord. Different types of radiation therapy (including proton beam therapy, intraoperative radiation, and brachytherapy) may offer better treatment of these tumors. These therapies may be combined with more limited surgery in the future.

 放射線療法のめざましい進歩は、通常の健康な組織(例えば脳と脊髄)を囲むことで、より少ない損害で放射線の高用量を適用できるようになりました。放射線療法(陽子線療法、手術中の放射線と近接照射療法を含む)の異なる種類は、これらの腫瘍のより良い治療を提供する可能性があります。これらの治療は、将来はさらに限定的な手術と併用される可能性があります。

New drug treatments, including use of a drug called imatinib mseylate (Gleevac®) are being investigated which may help slow the growth of tumors that can't be removed.
  
 薬の使用を含む処置がmseylateなimatinibがある「Gleevac」という新薬は、取り出すことができない腫瘍の成長を遅らせることができるのではないかという研究があります。


出典
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